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東京高等裁判所 昭和32年(ラ)630号 決定

王子信用金庫

事実

抗告人は本件建物の所有者であるが、相手方王子信用金庫は、昭和二十八年十一月二十七日あけぼの機械工業株式会社に対して有する金六十万円の債権のため本件建物に設定されていた抵当権に基いて右建物に競売申立をなし、競売進行の結果昭和三十一年十二月十一日競落許可決定が言い渡された。

しかしながら、あけぼの機械工業株式会社は王子信用金庫から右のように六十万円を借り入れた事実はなく、抗告人は右六十万円の債務のために自ら抵当権を設定もしない。また土屋留吉(あけぼの機械工業株式会社代表取締役)を含めて何人にも右のような抵当権設定のための代理権を与えたことはない。

従つて右抵当権の設定は何ら抗告人の意思に基かないもので無効であるから、無効の抵当権に基く原競落許可決定も違法であり取り消されるべきものであるとして抗告を申し立てた。

相手方王子信用金庫は、抗告人は土屋留吉に対して、あけぼの機械工業株式会社が王子信用金庫に対して有する金六十万円の準消費貸借債務のため、抗告人所有の本件建物に抵当権を設定する旨の代理権を与え土屋留吉は抗告人の代理人として王子信用金庫と本件抵当権設定契約をなし、その旨の登記を経たものである。

仮りに抗告人が土屋留吉に対して右のような代理権を与えたことがないとしても、王子信用金庫としてはその間の事情を全く知らず土屋において本件抵当権設定の権限ありと信じていたし、且つかく信ずるにつき正当な事由があるというべきであるから、本件抵当権は結局有効に設定されたものであると主張した。

理由

証拠を総合すれば、あけぼの機械工業株式会社は、昭和二十七年五月頃から相手方王子信用金庫より、主としてトリオ工業株式会社振出の手形の割引によつて融資を受けて来たこと、この間トリオ工業株式会会はあけぼの工業株式会社に対し約束手形五通金額合計百二十三万五千円及び外に約束手形一通を振出交付し、同会社は、これを王子信用金庫に裏書譲渡して融資を受けていたところ、右最後の手形が不渡となつたため、右会社は裏書人としての責任上自ら王子信用金庫に対し約束手形一通金額二十二万円を振出交付したところ、その後トリオ工業株式会社振出あけぼの機械工業株式会社裏書の前記五通の手形のうち昭和二十八年九月五日及び同月十七日満期の分がさらに不渡となつたため、あけぼの機械工業株式会社は、王子信用金庫の要求により右不渡手形金額十九万円、二十八万五千円及び同会社自ら振り出した前記手形金額二十二万円の合計額のうち元本二万円と利息とを支払うことを約し、更に残余については同年九月十八日王子信用金庫に宛て金額六十七万五千円の約束手形一通を振出し交付したこと、トリオ工業株式会社振出あけぼの工業株式会社裏書のその余の手形もすべて不渡となる見通であつたから、王子信用金庫は、当時あけぼの機械工業株式会社の代表取締役をしていた土屋留吉所有の不動産に右手形債務のため抵当権の設定方を求めたけれども、すでに先順位の抵当権が設定されているためその応ずるところとならず、王子信用金庫は土屋留吉に対しさらに担保物件の提供を要求したところ、土屋留吉は同年十月王子信用金庫に抗告人名義の白紙委任状及び同人の印鑑証明書並びに抗告人名義のあけぼの機械工業株式会社代表取締役土屋留吉宛本件建物等の権限を委任する旨の委任状を持参交付し、種々接衝の末右会社の代表者として同年十一月二十七日あけぼの機械工業株式会社の相手方に対する前記債務元本百四十五万五千円及びこれに対する同日までの利息と、右会社の王子信用金庫に対する各種預金合計八十七万五百円とを対当額で合意相殺した残債務のうち六十万円をもつて準消費貸借となし土屋留吉は抗告人の代理人として本件建物に右債務の担保のため抵当権を設定することを承諾し、その結果本件抵当権の設定登記が行われたが、その際土屋は本件建物の権利証を持参しなかつたので、後日追完することとし、とりあえず保証書をもつて所要の手続を経たことを認めることができる。

次に土屋留吉が如何なる範囲で抗告人の代理権を有していたかについて判断するめに、証拠を総合すれば、抗告人は、昭和二十八年十月頃融資を受ける必要を生じ、かねて知合の土屋留吉に対し抗告人を代理して本件建物を担保として王子信用金庫から五十万円を借り受けるよう依頼し、その必要書類として白紙委任状(甲第一号証)、印鑑証明書、本件建物等の権限を委任する旨の委任状を交付したことが認められる。しかるに前記甲第一号証によれば、抗告人は、本件建物にあけぼの機械工業株式会社の相手方に対する六十万円の貸金債務のため抵当権を設定する権限を上杉貞雄に与える旨の記載があるが、原審証人の供述によれば、抗告人がこれを土屋留吉に交付したときは抗告人の住所氏名が記載されていただけであつて、右委任事項はその後登記の際抗告人に無断で司法書士によつて記入されたものと認められるから、土屋留吉が抗告人の代理人としてなした本件抵当権設定は、その代理人としての権限を超える行為であつたと認められる。

しからば、王子信用金庫が土屋留吉に抗告人の代理権があると信ずるにつき正当事由があつたかどうかについて検討してみるのに、証拠によれば、王子信用金庫は、土屋留吉が本件抵当権を設定する権限のないことを知らなかつたのみならず、前記認定のとおり、同人から抗告人名義の白紙委任状、本件建物等の権限をあけぼの機械工業株式会社に委任する旨の委任状、印鑑証明書の交付を受け、なお本件建物の権利証は抵当権設定契約のときまでに間に合わなかつたが、土屋留吉から後日これを持参する旨の約束を得ており、王子信用金庫はこれらの書類及び前記の本件抵当権設定に至るまでのいきさつなどに鑑みて、土屋留吉に本件抵当権設定の代理権限があると信ずるに至つたことを認めることができる。右のような事実関係によれば、王子信用金庫が土屋留吉において抗告人を代理して本件抵当権を設定する権限があると信ずるにつき正当の事由があると認むべきであつて、たとえ王子信用金庫において直接抗告人の意思を確認せず、担保差入証を徴しないなど監督官庁指示の業務方法に違反する事実があつたとしても、右の結論を左右するものではない。

してみると、土屋留吉が抗告人を代理して王子信用金庫と締結した本件抵当権設定契約は結局有効であつて、抗告人に対しても効力を生ずるといわなければならないから、抗告人の主張は理由がないとして本件抗告はこれを棄却した。

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